白ワインさん。精神障がい者のシングル介護 |父と二人で暮らしていた頃の話

介護

こんにちは、白ワインさん。です。
2024年の秋に父が亡くなり、白ワインさん。の介護は終わりました。

介護は突然始まりました。
もう少し父には長生きしてほしかった。
でも、想像していたよりも早く、介護は終わってしまいました。

何を書いていいのか分からず、
こうして文章を書こうとしても、タイピングの手が止まります。

今日は、次の3つについて書こうと思います。

  1. いまの自分の気持ち
  2. 父と二人で暮らしていた頃の話
  3. これからの自分へ

1. いまの自分の気持ち

ここまで書いている、この文章が、いまの正直な気持ちです。

白ワインさん。の介護生活は、
数ある介護のかたちの中の、ひとつに過ぎません。
これは、あくまで一個人の経験です。

今振り返ると、
「分からないまま介護をしていた」
それが一番近い表現だと思います。

冒頭にも書きましたが、
介護は突然始まり、こちらの希望どおりには終わりませんでした。

2. 父と二人で暮らしていた頃の話

本当に、いろいろなことがありました。

でも、日々の生活はとても単調でした。
朝・昼・晩の食事の準備。
父のヘルパーさん、訪問看護師さんの訪問。
先生の訪問診察、訪問マッサージ。
4週間に一度は、総合病院への付き添い。

その合間に、自分の精神科訪問看護師が来て、
さらに合間を縫って、少しだけ自分の用事で外出する。

毎日同じことの繰り返しのようでいて、
確実に進行形でした。

父は、ゆっくりと衰えていきました。
何かがあるたびに、介護の手続きをしていたことを思い出します。

介護期間中には、感染症の流行もありました。
家で父と二人、セルフロックダウンのような生活をしていた時期もあります。

今思えば、それも一つの思い出です。

父の介護のおかげで、
外の世界との接点が完全に断たれることはありませんでした。
でも、世の中で何が起きているのか、
社会がどう変わっていくのかは、分からなくなっていました。

それでも、父と二人で、
「これから世の中はどうなるんだろうね」
そんな話をしていた日々がありました。

そういえば、
自分の健康診断の結果が、年々悪くなっていったのは、
なぜだったのでしょうか。

3. これからの自分へ

父を見送ったあと、
自分自身に意識を向ける時間が増えました。

これからの自分に、してあげたいことが二つあります。

一つは、
自分の精神障がいと、きちんと向き合うこと。
精神科への通院などは、介護中も続けていましたが、
これからは、もっと自分のケアを大切にしたいと思っています。

もう一つは、
自分を、外へ連れ出してあげることです。

介護と、感染症の流行もあり、
旅行が好きな僕にとって、
長期の旅行に出られなかったことは、大きな悲しみの一つでした。

また、介護をしていた7年という時間は残酷で、
体力の衰えも、はっきりと感じています。

だからこそ、
動けるうちに、自分自身を旅行に連れて行ってあげたい。
そう思うようになりました。

これからも、このブログでは、
介護のことについても、少しずつ書いていけたらと思っています。

どうぞ、よろしくお願いします。

おしまい。

 

 

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